2.2 競技の観賞と制度化
競技一般の性格をさらに深掘りする
以上のような定義的特徴から、さらにいくつかの性格が帰結すると思われる。
観賞の対象
まず、競い続ける営みがあることで、技のレベルが全体として高度になっていく。
結果として、技が「見てすごい」と思えるものになる(場合によっては、単純に見るだけではわかりづらく、すごさの解説が必要かもしれないが)。
そして、すごいものを見るのは楽しい。
したがって、競技の試合はほぼ必然的に観賞の対象としてふさわしいものになる(もちろん、競技ごとに観賞により適するか否かという程度差はあるだろうが)。
制度化への傾向
すごさの比較、つまり技のレベルの相対評価を制度化したものが競技大会だと言える。
競技の制度化のパターン:
真剣な競技を動機づけるものとして、賞や賞金を設定する。
競技のフェアネスを保証するために、ルールを細かく規定したり厳密に運用したりする(公式ルールや審判の導入)。
ゲームの定義論でよく提示される「結果が数量化可能である」(あいまいなかたちで終わらない)という特徴は、とくにこの点で不可欠な要素だと思われる。
確認
これらの性格もまた、ビデオゲーム競技にそのまま当てはまる。
多くのビデオゲーム競技は、明らかに観賞の対象としてふさわしい(単純に見てすごい)。
観賞の制度化もされている。いわゆるeスポーツの成立よりもはるか前から、ビデオゲーム競技の大会や観賞の実践は少なからず行われてきた。
古い例としては、ファミコンブーム時代のハドソン全国キャラバン、高橋名人 vs 毛利名人など。